ジョニイの無目的室

目的なく、ただつらつらと。

齢四十を前に

あと半年ほどで齢四十を迎える。なので、この30代を少しだけ振り返る。


30代、
私生活でいうと、結婚、父の闘病、
父の死、そして息子の誕生など、
目まぐるしく色んなことがあった。
目まぐるしすぎてこの10年で、
まるで別人並みに生活が変わった。


また、自分の創作・表現活動でいうと、
ライブ活動をスタートさせ、
7年後に離脱、メンバー全員と縁を切って
終わるという結末があり、
その後、昔話を題材にした紙芝居動画を
作りはじめた。


今回は創作・表現活動について
ざっくりと振り返る。
30頃自分はかなりの焦燥感があった。 
何者にもなれていない自分、
というものへの焦りだ。
自分がかつて夢想した人生と全く違う。


実家暮らし、恋人もいない、
世間的に名を成していない、
何の結果も出ていない自分。
やるしかない。
もう後がないという感覚と焦りが
凄まじいエネルギーを湧き起こし、
行動力の鬼と化して、
猪突猛進に突き進んだ。


とにかく結果を出したい、
という気持ちだった。
自分のポジションを上げたい。
自分は下だ。
だから上を目指す。
そういうシンプルな切実さだったので、
ストレートに行動に結びついた。
何をするかの方向性も明確だ。
上に行けそうなことをやる。


自分は下だという劣等感、
だから上に行きたいという向上心。
上に行けば世間から認められるだろう。
つまりは自分自身が一番自分を認めて
いなかったわけで、
自分で自分を認められないので、
世間が自分を認めることで、
世間が認めているから自分も自分を
認めるという迂回した自己肯定を
目指していたのかもしれない。


がむしゃらに走る中で、
自分のキャパシティ以上の頑張りや、
過剰な他者への迎合、
などの機会が多々あった。
上に行けりゃあ何でもよかったので、
それらを甘んじて受け入れてでも
とにかく結果を出したかった。


ただ、無理をしている分、
自分のやりたいようにできなかったり、
思うような結果に結びつく可能性がないとわかってしまったり、
受け入れがたい侮辱を受けるなどが
積み重なった結果、
この無理をそれ以上続ける理由が
全くなくなってしまった。


当然、もしくは必然として、
自分はバンドをやめることになった。
もちろんこれは自分からだけの立場の話だが、
今は自分の話をしているので
続ける。


ポジションを上げたいという気持ちは
この手痛い失敗後、ある程度減少した。
なんだか馬鹿らしくなってどうでも
よくなったのだ。
ポジションよりも居場所がほしい。
今はそう思う。


社会の中で生きる上で、
そりゃいいポジションにいるに越したことは
ないが、
自分を犠牲にしてまでポジションを得た
ところで、劣等感や自己嫌悪はさらに
深まりそうな気がする。


自分の納得感や居場所の確保。
自分の心を充たすためなら、
過剰な出世よりも手応えや実感のある
着実な活動のほうが良さそうだ。


自分の話ばかりしている。
頭で考えると、自意識が全てに
なってしまう。
外の空気を吸って、
人に触れ、
実際に体を動かしてみると、
凝り固まった自意識では思いもしなかった
ような
風通しのいい感覚に色々と遭遇するはずだ。


世界や、他者との化学反応を
通じて、
自分の感覚で正直でありながら
40代の創作活動を模索・実践していきたい。