ジョニイの無目的室

目的なく、ただつらつらと。

物語覚書

覚書として、物語について考えたことを羅列する。


物語の効用として、
物語は、
自分が経験できないようなことを
疑似体験できること。
自分とは全く関係ないと思っていた
遠く離れた人や場所や物に
自分と同じようなものを見い出し、
共感できるということがあると思う。


近いと思ったら遠かった。
遠いと思ったら近かった。
このような感覚を面白さを伴って
味わえるのが物語の効用の一つだと思う。


世界というのは、
自分が知っているよりも随分と
広いんだなぁという感覚と、
なんだかんだでみんな同じような
もんだよなぁというこの両極の感覚を
行ったり来たりする。
この振り子によって、
自分の世界観・価値観を更新していく。


まさに前回に書いた
「外部への渡り廊下」というアイデア
やっぱり自分にとって、
物語というものに吸引される
切実な根拠の核を成しているように思う。


おもしろさに着目すれば
エンタメに、
価値観の更新に着目すれば、
教育や哲学に、
共感性に着目すれば、
心や魂の救済にもなる。


この懐の深さが、
物語を、
世代を超えて常にその必要を希求する
ようなものとしているのだと思う。


それに加え、
そもそも人は物事を理解するためには
AとBという別個の要素を結びつけて、
意味を見出すというストーリーづくりを
必要とする。
いわゆるフィクションとかお話という
もの以外でも、
何かを理解しようと思ったら物語に
する他ないという特性をもっている。


以上のことからでも、
やはり僕たちは物語というのは
今のように生きる上での
必需品、共通前提であり、
欠かすことのできないものだ
ということがわかる。


自分が望むと望まざるとも、
物語はいつもそばにあるし、
自分にストーリーテラー
内在化されている。


物語は自分にとっては常に、
避けることのできないもの、
慣れ親しんだもの、
憧れ、
目を背けたくなるもの、
ワクワクさせるもの、
などなど多様な要素を含みながら
ただ存在している。