ジョニイの無目的室

目的なく、ただつらつらと。

エネルギーの源泉

前にブログで、自分にとって表現とは
自己解放だと書いた。
たしかにそうだと今も思う。
でも、それだけでは不十分だなと
あらためて思った。


というのも、
抑圧された自分を解放したいというのは
たしかに切実な欲求で、
それは自分にとって
至極大事なことだ。


でもそれだけでは足りない。
自分のためだけではエネルギーが
どこかまだ弱い。
かつてバンドをやっていたとき、
やはり自己解放とか
自己顕示欲、承認欲求、成功、
そういうものを求めてやっていた。
それらの欲望はたしかに強い力となって
自分を突き動かしていた。


ただ、やっているうちに
それ以外の別の気持ちも生まれてきた。
自分のやっていることに
感動している人がいる、
そのことに自分が
感動してしまっていたのだ。


人の心を打つ。
人は心を打たれたものの
集合体で人格が形成される。
かく言う自分も映画やお笑いや音楽などの
人の表現によって
心を打たれて影響を受け、
その結果、今の自分になったと思う。


自分のアイデンティティに影響を与えるほど
僕は人の表現に心を打たれた。
そんなようなことを
今度は立場を変え、
自分がしているのかもしれない。
そう感じたとき、
自分もさらに心を打たれたし、
強烈にエネルギーが湧いた。


もちろん自分のことを
かつて自分が影響を受けた
表現者たちと同列に論じるわけでは
ないけれど、
でも自分の前で心を打たれている人を
たしかにこの目で見たのだ。


自分のためだけでは
やる気は続かない。
それよりももっと強烈な
エネルギーの源泉は、
人の心を打ちたい。
自分のやったことによって
心を打たれている人をこの目で見たい
という欲求だ。