ジョニイの無目的室

目的なく、ただつらつらと。

バリウム

先日、健康診断を受け、はじめてバリウムを飲んだ。

「味は何にしますか?」と聞かれ、
いくつかのフレーバーの中から
最も飲みやすそうなレモンを選んだ。


胃を膨らます炭酸みたいな粉を飲み、
その後にバリウムを飲んだ。
飲みにくいとは聞いていたが、
味はレモン風味で全く問題なかった。
しかしバリウムのドロっとした
ヨーグルトと飲むヨーグルトの間ぐらいの
液体と固体の中間のようなあの飲みにくさと
きたらなかった。
一気に飲むことができず、
何口かに分けてなんとか飲みきった。


ゲップをするとせっかく膨れた胃が縮んでしまうので我慢せよと言われていたので、
湧き上がる空気を口から放出するのを堪えて、
レントゲンの装置に立った。


両手で手すりをしっかり掴むようにと
外部の司令室みたいなところから指示を受け、
その指示の通り白くて固い棒を強く握りしめると、装置が動き出し、
こちらの想定以上にアクロバティックな可動を見せ、倒れたり傾いたりと縦横無尽に動き回った。
バリウムを胃に広げるためという名目で、
その装置の上でさらにゴロゴロとアナログな自主回転をせよと命ぜられ、
仰せのままにぎこちなく装置の上で寝返りをうった。


胃の検査であることをすっかり忘れて、
とにかく司令官の指示に従順に従い、
ミッションを遂行するがごとく
一人密室で慌ただしく対位を変え続けた。


そしてようやく司令官の許しを得て退室することができると、
便意をもよおすという白い錠剤を2錠渡され、
小さな紙コップに入ったこの水で飲みくだせと
言われ、もし数日間バリウムの白い便が出ない場合はこれをさらに飲むのだと追加の錠剤を渡され、その日の健康診断は幕を閉じた。


バリウム検査の後は早く食事をとるよう
注意書きがあったので、
近くのうどん屋でカツ丼を食した。


店を出てすぐに便意をもよおし用を足し、
さらにまたその1時間後にももよおして、
こちらは脱糞寸前でなんとか便座に座り
事なきを得た。


その後はとくに便意もなく、
穏やかに一日を終えることができた。


翌日、
もう前日の健康診断のことなど
すっかり忘れていた。


前日に予防接種を受けた影響なのか、
やや熱っぽく、
いつもよりグズりやすいちゃまちゃま(仮名)の
様子を気にしつつ、
ほぼ一日家で過ごした。


その夜、ちゃまちゃまを入浴させようと、
自分が先に風呂に向かい、
その前にちょいと用を足しておこうと思い、
トイレに入った。
ちょうどその日はまだ一度も大をしていなかったし、なんだか大をしたくなってきたような気もするし。
便座に座り、いざ出陣と思ったそのとき、
僕はいつもと何かが決定的に違うことに気づいた。


普段ならスムーズに行われるはずの排出が、
全くできないのだ。


出口に対して、
中から出ようとするものの大きさが
出口を遥かに上回り、
なおかつそのものが、
かつて経験したことがないぐらいに固いという恐るべき現実。
そしてそれに気づいたのは、
つんざくような肛門の痛みと、
全臓器が押し出されるのではないかというぐらいの奥からの圧力によってだった。


バリウムが出きっていなかったのか。
バリウムって固まるのか。


バリウム初心者の自分は
何もわかっていなかった。


昨日の健康診断後のトイレで
バリウムは全て出て一件落着したものと
思い込んでいた。
便が白いかどうかをこの目で確認することも

せずに。


自分の置かれた状況を了解できたのは
よいものの、
行くも地獄、
戻るも地獄という淵に立たされていた。


出産は鼻からスイカが出るような感じだという例えや、
カラオケボックスのドアが小さすぎてカラオケ機材が入らず、店を開くことができなくなった荒井注のことなどが
走馬灯のように頭を駆け巡る。


どうにもならない。
事態は5合目で完全に行き詰まった。


出ない、
でももう元には戻れない。


じゃあならばいっそのこと、
このままでいいのではないか。
このままじっとしていれば痛みはない。
押しよせる波をやり過ごしさえすれば、
あの平穏な日常が待っている。
このまま、
このままでいい。


いや、こんなところで
立ち止まっていてはいけない。
このままに未来なんてない。
ただ問題を先送りにしているだけじゃないか。
平穏が訪れるのは、この難局を乗り切った
そのあとだけだ。


もう内臓が全て出てもいい。
お尻が傷ついてもいい。
生きていたら、もし生きて帰れたとしたら
それでいいじゃないか。
それ以上何を望むというのか。


僕は体勢を整え、
グッと腹に力を入れて、
歯を食いしばった。

 


ありがとう。

 


体の奥から地響きが鳴る。
山が押し寄せてきた。
だめだ。
これ以上は開かない。
怒涛の勢いで巨大な山脈が小さな穴を
遠慮なく突き破ってくる。


何かが大きく貫かれたような
激しい感覚とともに、
波は止んだ。


終わったのだ、すべて。


波が過ぎ去ったあとの
静寂とともに、ひそひそと
かすかな泣き声が聴こえてくる。


その泣き声は徐々に大きくなり、
痛い痛いと泣き叫びながら
赤い涙を流していた。


アナルが壊れたのだ。

 


激闘は終わった。
大きな傷跡を残して。

 

 

 

 

 

 

 


翌日、
僕は空を見上げた。
雨の予報が嘘のように
澄み渡るような青空が広がっていた。


空はどこまでもどこまでも
空だった。


太陽が鮮やかに照らし出す
その花の名前を
僕はまだ知らない。