ジョニイの無目的室

目的なく、ただつらつらと。

本当はこわい昔話

本当はこわいグリム童話とか、
大人もぞっとする日本昔ばなしとか、
子ども向けのおとぎ話は実はこんなに
残酷なんだと暴露する類の本がある。


最近は絵本でも
本来は殺しているところが
こらしめるだけに変えられたり、
ひどい行いがマイルドな行動に改変されたりと、
内容が無害化される傾向にある。
それは臭いものにフタをしているだけで、
本来昔話が描いていたこの世の真実みたいなものから遠ざかり、
ただただ世界を矮小化して、
無害化された教訓や説教の押し付けになって
いるという面があるように思うし、
子どもを気遣ってのこと、
という大義名分の裏には、
子どもには純粋無垢でずっと無害な存在でいてほしいという大人のエゴが透けて見える。


元々昔話は大人から子どもに
直接語りかけるものだった。
祖父母から孫へ、
親から子へ、
近所の大人から子供たちへ。
関係性もある身近な大人から子どもへ
語られるお話の中で
子どもにとって多少ショッキングな
シーンが語られたとしても、
知った大人が話しているという安心感が
土台にあっただろうし、
大人も子どもの反応やその子の性格にも
配慮しながら語ったことだと思う。
その中で、たんなる暇つぶしから
世界の真実を語るものまで、
手を変え、品を変えして、
子どもを楽しませたり、
教育というと現代的な表現すぎるので、
継承という感じだろうか、
そういうものを伝えていったんだと思う。


世の中の様々な面を語るので、
当然残酷だったり厳しい現実もある。
世の中がそういうものだからだ。
でも、それだけでもないのが世の中なので、
いろんなパターンや視点の話がある。


だから「本当は」などと言わなくても、
昔話は当然のように残酷でもあるし、
そうでない話もある。
むしろそんな現実を飄々と描写する
楽天性こそ昔話に共通するエネルギーのように
思う。


ハッピーエンドだからいい話とか、
バッドエンドだから非情な話とか、
というよりも、
こんな世界が昔からずっとあるんだねぇ
という、なんとなくあっけらかんとした
感じ。
それこそが昔話の真髄のように
思えるのだけど、どうだろうか。

 

空白

自己開示があまり得意ではない。

自分の本音みたいなものは、
よほど意識して出そうとしない限り
表には出ないほうだ。

でも一方で自意識は忙しく、
その内面はあくまで自分の内部でのみ
ウヨウヨと動き回っており、
そのバランスをとる意味で
自分は創作や表現をしているのかも
しれない。

なので、仮に自分の本心があるとすれば、
それはたんに意思や感情をストレートに
言葉にするのではなく、
創作や表現手段を通して非常に間接的に、
しかも意味みたいなものは経由せず、
ただエネルギーの発露として
アウトプットされる。

だからすごく回りくどく、
それ自体に意味はない。
たんにエネルギーがあるだけだ。


なんでそうなるのかと我が身を
振り返ってみると、
とくに意識的にそうしているわけではなく、
なぜか必ずそうなってしまうからだ。
無意識にやる癖のようなものなのか、
それとももっと自分の特性に根ざしたもの
なのかはわからない。
とにかく自然にそうなる、
という類のものだ。


とくに理由はないのかもしれないが、
一つこうじゃないのかなと思いあたるのが、
「語るべき自己がない」からじゃないのか
というものだ。


幼い頃から、
自分と社会や他人を相対するものとして
捉える傾向があったので、
自然と人前では「合わせる」という
振る舞いを優先する子どもだった。
だから自意識はあるものの、
物事の中心や尺度は自分の外にあるという
意識が強かった。
だから内面の問題は自分のみで処理して、
外部との交流においてはただ合わせるという
感じになっていったのではないか。


もちろん親や仲のよい友達に対しては
リラックスしていたし、それなりに本心のようなことを話していたとは思うが、
それでもその場の空気を快適なものにするというのを最優先していたようには思う。


だから「語るべき自己がない」というよりも、
「自己を語る必要がない」と判断していた
というほうが正確かもしれない。


ただ、
一人でいるときの自分こそが
本当の自分だ、
というわけではなく、
相手によって多様な顔を見せる自分が、
すべてひっくるめて自分だと思うし、
人から見える自分というところまで考え出すと
もう自分の脳みそからも離れていくわけなので、
どうせコントロールできないし、
まぁどうでもいいかとも思ってしまう。


一人で考えごとをしていると、
たんに真面目くさって考え込むが、
人目を意識した途端にユーモラスな発想が
生まれてくるから不思議だ。


語るべき自己がないという話に戻ると、
以前はそれが絶対にダメなことで
恥ずかしいことだと思っていたが、
自己がないことを開示することで、
今まで考え得なかったような発見が
あるんじゃないかと思うようにもなった。
自己がないことをひた隠しにして
ないことのようにしていると、
そもそも自己がないってどういうこと?
とか、自己があるべきなのかとか、
そういうことすら考えられないし。
今まで目を逸らしてきた場所にスポットを
当てるだけでも、
また新鮮なものが見えてくるかもしれない。

 


などというようなことを、
ネットで「空白」という映画のタイトルを
目にしてあれこれ考えた。

類型化という誘惑

東京でライターをしている
中学時代からの友達から連絡があって、
その友達が関わった本に関連した番組がEテレで放送されるとのこと。
さっそく録画してその放送を観た。

その本は岸政彦という社会学者が編纂した
「東京の生活史」という本。

以前、この人の「断片的なものの社会学」という本を読んだことがある。
これもその友達に勧められたものだ。
誰しもが感じているけど、とくに言葉にすることもなく、普段はあまり表に出てこないような素朴な感覚を、丁寧に言葉にしている。
そんな文章だったような気がする。

話は戻って、
「東京の生活史」はAmazonの説明欄から抜粋すると、

『一般から公募した「聞き手」によって集められた「東京出身のひと」「東京在住のひと」「東京にやってきたひと」などの膨大な生活史を、ただ並べるだけの本です。解説も、説明もありません。ただそこには、人びとの人生の語りがあるだけの本になります。』

という内容らしい。

友達は聞き手として参加した。
この本の企画の研修があった際、
聞き手は「積極的に受動的になる」という姿勢を求められたという。
あと、「あなたにとって東京とはなんですか?」とは聞かないとか、
総括しない、類型化しないということを言われたそうだ。
インタビューや文章によって何かを主張するのではなく、聞いたことをただそのまま出すという。

ネットでもテレビでも、
僕らの一般的なやりとりでさえ、
類型化であふれている。

物事をざっくり理解したり伝えたりするときに
類型化はとても便利だ。
純化してカテゴライズする。
大雑把に四捨五入して端数は切り捨てる。
それは物事をわかりやすくするための
あくまで便宜上のものだったはずが、
それがいつの間にかその物事の本質であり
全てのように捉えてしまう。

本当は端数として切り捨てたものに
リアルな実感がたくさん詰まっていた
はずなのに。

「断片的なものの社会学」と同じような
視座を150人もの対象に拡大してスポットを
あてた、
本来なら歴史や記録に残るはずではなかった、
でもたしかに存在した断片。
それを愛おしむように拾い集めたのが、
この「東京の生活史」という本なのだろうな
Eテレの放送から勝手に想像した。

 


さて、自分にベクトルを向けたとき、
類型化の鬼とでも言えるぐらいに
この類型化というやつが無意識にまで浸透しきっているなぁと思う。
こいつはいい奴だとか嫌な奴だとか
これは良かったとか悪かったとか。
人物や物事のある一面を捉えて、
それがあたかも全人格的にそうだと決めつけてジャッジする。


それは誰しもが程度の差こそあれ
無意識にやっていることだろうし、
状況や物事を把握するためには必要な面もある。
ただそういうふうにしか物を見れなくなったり、
その見方が全てというふうにしてしまうと、
世界が実際よりも窮屈で単純なものになってしまう。


類型化という誘惑を越えて、
人や物事や世界や社会や
また自分を
ただそうあるように見ることは
できるのだろうか。

 


類型化は安易な物語なのか。
安易でない物語はあり得るのか。
今のところ全くわからない。
昔話を二次創作することを通して、
何かわかることがあるのか。
それもわからないけど、
この問題意識としばらく付き合うことには
なりそうだ。

テレビやら人前での振る舞いやら言葉やら

先日、

テレビの取材を受ける機会があって、

素人が人生に影響を受けたマンガを語るという
とある番組の1コーナーだったのだけど、
僕ははじめマンガの内容を紹介するだけかと思っていたら、

それよりもそのマンガが僕の人生にどのような影響を及ぼしたのかという方がメインで、

とりあえず取材の前にザックリと文章でその内容を送ることになった。


そのマンガは好きだが、
人生を変えるほどの影響は受けていなかったのが正直なところだったので、
マンガの好きなエピソードと自分の実体験を程よくリンクさせてそれなりにまとめた文章にして送った。
すると先方のディレクターの方に気に入ってもらえたようで、

早速リモートで取材を受けることになった。


その時点で、
自分の文章にある種のサービス精神や演出がかなり乗っかっている感じはしていたが、
いざリモート取材が始まると、
自分のエンターテイナー的な気質が久々にムクムクと目覚めだし、
テレビサイズを意識して、

わかりやすいストーリーをハキハキと言い切るような喋り方でよどみなく披露していた。


そういえばオレってこういう奴だったなぁ、
と久しぶりに思い出した。
人目が自分に集中すると、

その場を盛り上げたり面白くすることが突然優先順位の第一位になり、

あることないこと思ってることいないこと入り乱れ、とにかく饒舌に面白おかしくしてしまう。


なんだか懐かしい感覚だった。
人前で喋ると、オレってこうなるよなというのを再確認した。


結果、4人取材された中で、一番長い尺数で放送されると聞いた。
人生さらしてまで面白くしたからのだからそりゃそうだろうなと思う反面、
その面白さの代償として、
そのとき語った自分の人生が、
自分の実感とやや離れているという気持ち悪さもあった。


自分の人生を、

本当はそこまでリンクしていなかったマンガの1エピソードと絡めて、

しかも1分そこそこにまとめて、さらにテレビをなんとなく観ている人にもわかりやすく面白く伝えるという荒業を実現するには、
かなり強引で乱暴なまとめ方をせざるを得ない。
枝葉を切り落とし、

一直線のストーリーを作り、そこに展開や山場も設けなければならない。


僕が強引にまとめたストーリーに、
さらに編集で話が刈り込まれ、テロップやナレーションが入る。
もはやそれは一つの作品だ。
僕が脚本を書き、ディレクターの方が演出・編集の作品。


作品は人に影響を与える。
放送されたあと、

それを観た人からいくつかのメッセージや電話をもらった。
そこで僕が話した内容や、

わざわざネットで調べて僕が過去に作った曲を聴いて感銘を受けたというものだった。
それは放送がなければ決して起こり得なかっただろう。
僕の過去や、

過去の曲が知られたり聴かれたり、

人の心になんらかの影響を及ぼしたりすることはなかっただろう。

 


今回のことは、
自分ではほとんど何もコントロールできていない。
言葉なんてなんとでもなる。
なんとでも言えるし、

なんとでも切り取って意味付けできる。


だから言葉なんてどうでもいいのか。
というと、そうでもなく、
言葉は、その曖昧さや胡散臭さとは裏腹に圧倒的な力をもつ。
さも絶対であるかのような印象をも与えられる。


バカとハサミではないが、
使いようでどうとでもなるし、
いかようにもなってしまう。


完全なコントロールは不可能だし、
自分が思うように伝わったり、
まず自分が思うようにアウトプットすることすら実は難しい。


この曖昧かつ絶対みたいな顔をした得体の知れない言葉みたいなものとどう付き合っていくか。
齢40を前にしても、

まだまだ全然うまく乗りこなせていない。

 

 


オチンポ!!!

わからないということ

久しぶりに黒沢清の「CURE」を観た。

やっぱりすごい映画で、
全編禍々しさがみなぎっているが、
とくにラストの切れ味にはあらためて驚いた。

これで終わっていいのか、という驚きと同時に、べつにこれで終わってもいいんだよなという清々しさと解放感もあった。

色々とほのめかされてはいるが、
結局のところはよくわからない。
ただそうである。
という圧倒的なものを感じた。


この映画を観た後、
「わからない」ということについて色々考えた。

そもそも人間は全てわかりたいという
欲望をもっている。
わからないと不安だし、
どうしていいかを判断する材料がほしい。
だから、科学や宗教や思想や哲学やその他諸々を生み出してあらゆることをわかろうとしてきた。

ネット社会になって、
あらゆることが情報として行き来するようになると、あらゆることが「わかるもの」としてパッケージされ、
それがあたかも確定的な何かであるように扱われて、わかることが無限に増えた。
ように感じるようになった。

合理性も意味も価値も、
最近流行りのエビデンスも、
全てわかるものだ。

物事には根拠がある。
理由がある。
動機がある。
法則がある。

そうやって、わからないものを一つずつ
潰していった。

調べればわかる。
計算すればわかる。
話せばわかる。


でも実際のところ、
何がわかるのか。

人はなぜ生きるのか。
なぜ死ぬのに生まれてくるのか。
なんで宇宙があるのか。
100年後、地球はどうなっているのか。
308日後のブラジルの天気はどうか。
猫は何を思っているのか。
植物に内的世界はあるのか。
このブログはあと何文字で書き終わるのか。

自分は何者なのか。


よくわからない。


わからないものやわかりにくいものを
切り捨てるとわかるものになる。

わかることはシンプルだ。
複雑なことはわかりにくい。
単一の原理原則、これがわかりやすい。

内面がないのと、
内面がわかりにくいのは違う。


物語のある登場人物がいるとする。
その人物の性格や、何を考え、
何を思ってそのような振る舞いをするのかが
全てわかるように作られるのが一般的なエンターテイメントだ。

娯楽は楽しむためのものだ。
わからないと楽しめない。
わからないとモヤッとしてスッキリしない。

わかりやすくておもしろい以外の要素を
全て切り捨てたものが
テレビやネットを代表とする今の娯楽だ。

そこではわからないことは
あってはならない。
どうにか着地させる。結論づける。
成立させる。

それは現実ではなくてフィクションであり、
わかる物語だ。


黒沢清のようなわかりにくいフィクションを観ると、本当はわからないということの重要性をあらためて思い出した。

昔話に話を移すと、
よく自分は昔話のことを、
得体が知れないというふうに形容するが、
まさになぜこんなことが起こるのか、
この人は何のためにこんな行動に出たのか、
こいつは何を考えているのか、
ということがよくわからない場面に多く
遭遇するからだ。

最近映画やドラマを見ても、
ちょっとわかりすぎる。
全てが説明され、わかりやすすぎる。

僕の目から見れば、
この世界はもっと不明瞭で混沌としている。
自分も他人も社会も、
よくわからない。

その実感に、
よくあるフィクションよりは
昔話の方が近かったから
こんなに興味を惹かれるのかもしれない。

 

かく言う自分も、
何かをわかろうとして
こんな文章をシコシコ書いている

昔と今を越えて

昔話は「昔々」で話が始まるが、
当然昔の人々が聴いていた昔話も、
昔の人々にとって「昔々」のお話だった。

でもその「昔々」が
昔の人々の生活や価値観と地続きの
リアリティがあったと思う。

でも今は、
昔話で語られるお話の時代とは
生活様式も価値観もだいぶ様変わりした。
川で洗濯、山で柴刈りというのが
大きな桃が川から流れてくるのと同じぐらい
現代の日常とはかけ離れたものに
なっている。

嫁入りや結婚によってハッピーエンドという
昔話定番の結末も、
現代の多様化した価値観で見ると、
それはどうだろうと感じられるかもしれない。

お話の表面上の設定から、
お話のキモとなるような部分まで、
かなり今の感覚と違うところが多い。


どうして僕が昔話を題材にして
紙芝居を作りたいのかというと、
遠い昔のフィクションの中になぜか普遍的なものを感じたり、
今の価値観と違うところが面白かったり、
想像力を掻き立てられ自分の創造性を刺激されるからだが(刺激されて改変しまくっている)、
昔話の
あまりにも現代の現実離れしたその世界観に
全くリアリティを感じないため
入り込めない、そもそも入ろうという気にすらならないという人が多いと思う。

リアリティのなさ、
今とかけ離れた世界観というのがノイズになって、
昔話の面白さにまでなかなかたどり着けない。

でも、
今と違うし
感覚的によくわからないけど、
それでも面白いというものはあるはずだし、
その面白さを今の感覚でもわかるように
ブリッジすることは可能だと思う。
そこにこそ創作の面白さが出てくる。


自分がはじめて「海月骨無し」を読んだとき、
その短いお話の中に新鮮な面白さを見つけた
あの感じを、
どうにか人にも、
そして自分もまた味わいたいと思っている。

もちろん、
昔話は面白い話ばかりではない。
Netflixを見ている方が面白い。
現代のエンタメのように鉄壁のストーリーテリングを駆使して観客を楽しませようというような
サービス感覚もない。
でも、今とは全く文脈の違う得体の知れない
その世界に魅力されてしまうということが
たしかに自分には起きた。

自分とは全く関係ないと思っていた昔話が、
なぜだかむちゃくちゃ面白いし、
意外と自分に関係ありそうじゃないか
と思える、その感覚に興奮した。

意味やテーマも大事だが、
昔話を媒介にして、
そういうエネルギーや興奮が
人の中から湧き上がるようなもの。
それがやりたい。
それがやりたいことだ。

バリウム

先日、健康診断を受け、はじめてバリウムを飲んだ。

「味は何にしますか?」と聞かれ、
いくつかのフレーバーの中から
最も飲みやすそうなレモンを選んだ。


胃を膨らます炭酸みたいな粉を飲み、
その後にバリウムを飲んだ。
飲みにくいとは聞いていたが、
味はレモン風味で全く問題なかった。
しかしバリウムのドロっとした
ヨーグルトと飲むヨーグルトの間ぐらいの
液体と固体の中間のようなあの飲みにくさと
きたらなかった。
一気に飲むことができず、
何口かに分けてなんとか飲みきった。


ゲップをするとせっかく膨れた胃が縮んでしまうので我慢せよと言われていたので、
湧き上がる空気を口から放出するのを堪えて、
レントゲンの装置に立った。


両手で手すりをしっかり掴むようにと
外部の司令室みたいなところから指示を受け、
その指示の通り白くて固い棒を強く握りしめると、装置が動き出し、
こちらの想定以上にアクロバティックな可動を見せ、倒れたり傾いたりと縦横無尽に動き回った。
バリウムを胃に広げるためという名目で、
その装置の上でさらにゴロゴロとアナログな自主回転をせよと命ぜられ、
仰せのままにぎこちなく装置の上で寝返りをうった。


胃の検査であることをすっかり忘れて、
とにかく司令官の指示に従順に従い、
ミッションを遂行するがごとく
一人密室で慌ただしく対位を変え続けた。


そしてようやく司令官の許しを得て退室することができると、
便意をもよおすという白い錠剤を2錠渡され、
小さな紙コップに入ったこの水で飲みくだせと
言われ、もし数日間バリウムの白い便が出ない場合はこれをさらに飲むのだと追加の錠剤を渡され、その日の健康診断は幕を閉じた。


バリウム検査の後は早く食事をとるよう
注意書きがあったので、
近くのうどん屋でカツ丼を食した。


店を出てすぐに便意をもよおし用を足し、
さらにまたその1時間後にももよおして、
こちらは脱糞寸前でなんとか便座に座り
事なきを得た。


その後はとくに便意もなく、
穏やかに一日を終えることができた。


翌日、
もう前日の健康診断のことなど
すっかり忘れていた。


前日に予防接種を受けた影響なのか、
やや熱っぽく、
いつもよりグズりやすいちゃまちゃま(仮名)の
様子を気にしつつ、
ほぼ一日家で過ごした。


その夜、ちゃまちゃまを入浴させようと、
自分が先に風呂に向かい、
その前にちょいと用を足しておこうと思い、
トイレに入った。
ちょうどその日はまだ一度も大をしていなかったし、なんだか大をしたくなってきたような気もするし。
便座に座り、いざ出陣と思ったそのとき、
僕はいつもと何かが決定的に違うことに気づいた。


普段ならスムーズに行われるはずの排出が、
全くできないのだ。


出口に対して、
中から出ようとするものの大きさが
出口を遥かに上回り、
なおかつそのものが、
かつて経験したことがないぐらいに固いという恐るべき現実。
そしてそれに気づいたのは、
つんざくような肛門の痛みと、
全臓器が押し出されるのではないかというぐらいの奥からの圧力によってだった。


バリウムが出きっていなかったのか。
バリウムって固まるのか。


バリウム初心者の自分は
何もわかっていなかった。


昨日の健康診断後のトイレで
バリウムは全て出て一件落着したものと
思い込んでいた。
便が白いかどうかをこの目で確認することも

せずに。


自分の置かれた状況を了解できたのは
よいものの、
行くも地獄、
戻るも地獄という淵に立たされていた。


出産は鼻からスイカが出るような感じだという例えや、
カラオケボックスのドアが小さすぎてカラオケ機材が入らず、店を開くことができなくなった荒井注のことなどが
走馬灯のように頭を駆け巡る。


どうにもならない。
事態は5合目で完全に行き詰まった。


出ない、
でももう元には戻れない。


じゃあならばいっそのこと、
このままでいいのではないか。
このままじっとしていれば痛みはない。
押しよせる波をやり過ごしさえすれば、
あの平穏な日常が待っている。
このまま、
このままでいい。


いや、こんなところで
立ち止まっていてはいけない。
このままに未来なんてない。
ただ問題を先送りにしているだけじゃないか。
平穏が訪れるのは、この難局を乗り切った
そのあとだけだ。


もう内臓が全て出てもいい。
お尻が傷ついてもいい。
生きていたら、もし生きて帰れたとしたら
それでいいじゃないか。
それ以上何を望むというのか。


僕は体勢を整え、
グッと腹に力を入れて、
歯を食いしばった。

 


ありがとう。

 


体の奥から地響きが鳴る。
山が押し寄せてきた。
だめだ。
これ以上は開かない。
怒涛の勢いで巨大な山脈が小さな穴を
遠慮なく突き破ってくる。


何かが大きく貫かれたような
激しい感覚とともに、
波は止んだ。


終わったのだ、すべて。


波が過ぎ去ったあとの
静寂とともに、ひそひそと
かすかな泣き声が聴こえてくる。


その泣き声は徐々に大きくなり、
痛い痛いと泣き叫びながら
赤い涙を流していた。


アナルが壊れたのだ。

 


激闘は終わった。
大きな傷跡を残して。

 

 

 

 

 

 

 


翌日、
僕は空を見上げた。
雨の予報が嘘のように
澄み渡るような青空が広がっていた。


空はどこまでもどこまでも
空だった。


太陽が鮮やかに照らし出す
その花の名前を
僕はまだ知らない。